kotonoha_pcg@気ままに雑記

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タイトル

 結構暗い話かもしれないし,この程度明るすぎる,という人もいるかもしれない.ただ,徹夜しながら深夜にカチャカチャ打ってるので,一貫性は存在しない.
 俺はどんな期限がある課題でも確実に期限が無いものと捉えて,瀬戸際まで来てもやらない性格がある.そして,それをいい加減と思い修正しようと思って3年経ったが,未だにあの時教員に誓ったことは現実には無い.

 ほぼ唯一好きなアニメにファフナーがある.確かにGISとか∀とかキンゲとかブレンとかも好きだけど,何回も見て何度も泣いて,そしてあれほど舐めるようにブログを漁りまくったアニメは無く,EOEですらこの半分も無い,というくらい.

色々好きなセリフはあるけど,やっぱり命の使い道,のセリフかなぁ.うん.その頃はもうとっくの昔に大うつになってて,一度不登校成りかけで留年か退学かの二択だったけれど,周囲の教員の方々がものすごく頑張ってくださって,そしてなんとか進級だけはした.あの時は色んなものがあって,色んな事が起きて,全部が止まって,そして時が動き出した感じがした.

 でも今はそれは来ない.少なくとも,今年に入ってからは来ない.すると,やっぱりそこで思い出すのは,命の使い道であって,すると当然のことながら似非哲学チックな,自分に対して空の盃の献酬を交わすだけになる.色んなイベントの中で,どうリアクションするか,アクションを取るか,どれえに度を与えるか,というのはたぶん普通の人たちや俺以外のほぼ全員が出来ることなんだろう.少なくとも,周りに居る人たちには,そういう人は居ない.

同じ学校に,2回同じ学年をやって,そういう人は1人も見かけなかった.俺のように2年目をのうのうと生きてるやつは,多分居ない.過去にそういう人が居たかは分からないけど,昨年度の彼のように,途中でフェードアウトすることを考えると本当に命の使い道を考える必要がある.

 だから,いくつかの可能性を残すために行事は参加しておくし,一応予定がある素振りを見せる.でも,それが実現するかは,10月になってからじゃないと分からない.そして,誰にも相談のしようが無いと考えてしまうのも確かにある.実際怖いのだ.退学理由はたぶん1行で終わるくらい短いけれど,たぶんしばらくは中退の二文字がついて回るのは覚悟している.

もう度付きで物事を考えられないほどの低能になったんだと思ってる.別に,程度あ似てるから他人も低能,じゃない.ただ,学生には全く向かないし,職業人としては向かないだろう.ただ,死ぬことだけは最後に取ってあった.

 仏教的には,死後の世界に生まれ変わるだのなんだのという教えがあるけれど,転生に興味は無い.むしろ,家は徹底的に仏教以外の考え方を否定するが,なんでクリスマスや製菓メーカーの策略を普通にやるのか意味が分からない.でも,審判とか死後に裁きに合うとか,そういうのは真実だと思っている.そのための善徳を積む余裕もそうそう残ってない.

前に自殺未遂とかのブログを漁ることはあったけど,少なくとも俺が見た中では死んだ時の衝撃や痛み,あっこれ血が出てるヤベーヤ,みたいなのは見かけない.それはそうなんだけど,だから本当の意味での自殺はまた別の機会に取っておけばいい.

今まで情報系でやってきたけど,就職は情報系ほぼ関係ないとこに行こうと思ってる.2年もやって,流石に無理というのが分かったからだ.好きなことというと万年筆弄ってるのと自転車に乗ることだけど,後者は仕事にするにはハードルが高すぎるし,前者も作る側としては入る学問を間違えてる.つまり,当初言いふらしていたエンジニアじゃなく,プログラマになりたい,という夢は,亡くなった.文字通り亡くなったのだ.

 こうなると,この学校に居る意味すら危ぶまれる.なので,一応といえば明らかに心象が悪いが,文房具店または文具店か書店でどこか,とくに県外で働けるようなところを探している.たぶん時間が残されていないのかもしれない.まぁ,ソフトウェアデザインを自分の金で買わずにBNまで読める,というのはそれだけでいる価値があるようにも思えるけれど.

「先生」ではないけれど,このブログを読まれるときはまだ存命してるはずなので,知人が居たらぜひ詰ってくれ,という心持ちでゐる.そして必死に,そのまま死ぬ気で生きたという確信が持てたら今度こそ死を受け入れたい.

 命の使い道自体は未だに分かっていないけれども,それが世のため人のためなどという大義名分ではないということだけは判っている.ただそれが分からないなら生きてる価値も無い.